極彩色の悪夢・3

毎日、見舞う。
その繰り返しの中に、必然的にパターンと言うものが生まれるのは、どうしてなのだろう。
そうしろ、と言われているわけでは無いのに、きちんと折りたたんで片付けてある椅子をまず引っ張って来て、座る。
それから眠る顔を見つめ、暫く沈黙した後に、言葉を紡ぐのだ。
挨拶でも何でも無く、いつまでたっても目覚めない男を、軽く批難する言葉から。
「お前さ、勿体無いぜ?人類の貴重な新たな一歩を、見逃してるんだから」
一歩、とは言っても、フロンティアの一般住民が、この惑星を実際に歩き回るには、まだ暫しの時間を要するだろう。
動き回っているのは、自分達のような職業軍人や、学者達だけだ。
実際この星の住環境がはっきりとするまでは、移住は不可能である。
だが、既存の浄水システムや空気浄化システムなどを用いて、この惑星の水と空気を取り入れる事が可能となった今、フロンティアの統制モードのいくつかは解除ないしは緩和されている。
エネルギーに関しても、近々、規制も緩むと見られているが、以前とすっかり同じ、と言うわけには、まだまだいかないのが現状なのは、仕方の無い事だ。
それでも住環境の安定が確約されれば、人々の心にも少しは余裕が生まれる。
明日をも知れぬ日々よりも、余程にマシな筈だ。
そんな風に、緩やかにでも動く時勢の中、ただただ眠る男が居るのだ。
「眠り姫を起こす側なんだろ?」
以前、同じようにミハエルが負傷して入院した際に口にしていた言葉を、呟く。
あの時は、自分が口づければ、ミハエルは既に目を醒ましており、腹の立つ事にこちらを翻弄してくれた。
けれど。
「起きろよ、バカ王子」
今ここで自分がキスをしたとしても、叩いたとしても、ミハエルは目覚めない。
それだけは、瞭然としている。
どちらにしろ、相変わらず触れるのが怖くて手も握れないのだから、無意味な杞憂だ。
口づけが、最期の瞬間だったら。
それが、絶対に無いとは言い切れないからこそ、怖い。
自分でも、どれだけ臆病なのだと、そう自嘲すらするが、それでも怖いものは怖いのだ。
「起きろよ、バカミシェル」
名を呼んで、それで起きてくれたら、それこそ奇跡だ。
けれど、現実はそんなに甘くも優しくも無い。
そんな事は嫌と言う程に分かっている。
「俺、明日から、お前の様子、見に来れないからな。代わりにルカが見に来てくれるってさ。大尉も顔出してくれるし、まぁ寂しくは無いか」
ミハエルの家族はもう居ない。
けれど、ミハエルの安否に心砕く人は大勢居るのだ。
愛されている、のだ。
当人が、軽くて薄っぺらいものだと笑い飛ばしていた関係であろうとも、確かにミハエルの今を憂い気遣う者は大勢いる。
目覚めて思い知れば良い。
人は当人が思っているよりも、ずっと多くの繋がりを持って生きているものなのだ。
「此処から、一日がかりで飛んだ所に、巨大な森林地帯が発見されてさ、その調査らしい。一先ず先遣部隊として、俺たちが地形と周辺状況の確認。素人に写真撮らせるんだから、結構な無謀だと思わないか?で、それで確認が済んだら、学者を連れてって、って言ういつものパターンになる予定だろうけど」
巨大な森林は、地球にあった熱帯雨林と思しきものに似ているらしい。
らしい、と言うのは、誰も地球の『熱帯雨林』などを、実際に見た事が無いからだ。
あやふやな説明はともかくとして、規模から考えれば、各機別行動での森林の散策に当たる事になるのだろう。
調査日数は、往復の日程を含めて一週間弱。
敵を倒しに行くわけでは無い分、気持ちは楽だと、多くのパイロットは口にしている。
確かに、翼のほんの数センチ先を飛来する弾丸をかわす事と比べれば、調査など、実に気楽なフライトだ。
無論の事、そんな調子で全員が気を抜いていては、不測の事態が生じれば取り返しの付かない事になる。
だからこそ、隊をまとめる立場の者が必ず存在するのだ。
何の皮肉か、今はそれが自分であるのだが。
ほんの数ヶ月前まで、当然のように怒鳴り散らされる側だった自分がそんな立場に居る事に、未だに慣れないままだ。
「ま、早くて4日。遅くて一週間って所だ。その間に目醒ましとけよ」
自分の居ない間に、ミハエルが目覚めてくれているのならば、それは何より嬉しい話だ。
怖いのは、自分の居ない間にミハエルの鼓動が、止まる事。
けれど、それを理由に仕事を放棄する事は出来ない。
だからと言って、今、自分が軍を辞めたいと言った所で話が通らないのは明らかだろう。
当面の危機から脱したとは言え、フロンティアは今はまだ一個人の望みなどを優先させられない、そう言う状況なのだ。
「じゃあ、またな」
また、会える事を、ただひたすらに願って、祈って。
短い別れの言葉を残し、立ち上がった。

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