極彩色の悪夢・4

その日。
いつもと同じ一日と表するのに何も躊躇いも無い一日が、ゆっくりと傾斜して行く陽光と共に終わろうとしていた筈だった。
静寂も平穏も、いつも予期せぬものに、壊される。
今がまさに、その瞬間だった。
この惑星に降り立ってからは一度も鳴り響く事の無かったけたたましいサイレン音に、ハンガーに詰めていた者は残らず、何事かと皆が表情を強張らせて作業の手を止める。
『エマージェンシー!エマージェンシー!VF-25Fサジタリウス1、ロスト、ロスト!』
続いて入った放送に、ルカはざっと音を立てて血の気が引いた気がした。
「何…て、今…何て言ったんですか!?」
誰にとも無く、ルカは叫ぶ。
聞こえていた言葉を、脳内は正しく理解している。
それでも嘘であって欲しいと、その願望が、誰かが違う言葉を告げてくれるのを期待してしまう。
だが、現実は皮肉な程に、まやかしを生み出しはしない。
アルトの機体が、ロスト。
つまりは応答の無い状態になっているのだ。
この未開の星を飛ぶ際には、定期的な無線連絡が義務付けられている。
それが途絶えた時点で、『何事』かが生じたものと判断される。
無論、機器の異常などの要素も含まれはするが、今回の場合、単なる機器の異常でエマージェンシーコールが入ったのでは無いと、ルカは分かっていた。
アルトは一部隊を率いて、飛び立ったのだ。
周辺に居る機体が、アルトの無事を知らせれば済む話である。
『スクランブル!スクランブル!』
緊急発進のコールに、常時待機の機体の前には既に誘導灯が一斉点火し、ほんの数秒の後には飛び立って行く。
いつの間に来たのか、オズマがルカの背中を強く叩いた。
「ルカ、俺たちも行くぞ!」
「はい!」
ルカは、はっとしたように息を呑むと、RVF-25へと向かって駆け出した。
こんな所でアルトを失うなどと、冗談では無い。
同じように、アルトとの連絡の途絶えたガリア4の悪夢を思い出す。
だがあの時とは違い、アルトは同じ惑星に居るのだ。間に合わないと嘆く必要は無い。出来る事が、確かに自分にもあるのだ。
それはオズマにしても同じだったのだろう。
だからこそ、迷わずスクランブルに続くように飛び立ったのだ。

通常航行で1日の距離を、先行機を追うように、半日と少しで飛びきった。
目的地、と言うものを疑いなく認識できたのは、そこがどう見ても間違えようの無い景色だったからだ。
鬱蒼と茂る緑が、視界の端まで、否、その向こうまで続いている。
一面の青ならばフロンティアでも目にしていたが、一面の緑と言うものは初めてだ。
その緑の切れ目には、黒滔々たる川が流れ、砂地と言うものが見当たらない。
こんな中に紛れ込んでしまえば、捜索は容易では無い。
ルカがスロットルを握る指に力を込めると、先行隊の機影が近づいて来る。
『こちらジュピター1。ロストポイント近辺にてヴァジュラの群れを発見』
「どこだ、その場所は」
『案内する』
端的なやり取りの後に、VFが速度を上げて前方へと飛ぶ。
ルカとオズマもその後を、無言で追いかけた。
ぐん、と速度を落としたVFがガウォーク形態を取り、ホバリングする。
その地点まで追いついたルカとオズマは揃って、絶句した。
「何だ、あれは…」
ある一点を中心に、森林を覆うような黒い渦ができて居る。
違う、渦を捲くようにヴァジュラが飛び交って居た。
数匹が上空まで飛び上がっては、またその渦に戻ると言った具合に、傍から見れば、酷く興奮しているようにも見える。
『サジタリウス1のロストポイント付近だ』
「…アルト先輩は…VF-25Fは!?」
『目視範囲に機影無し。A01からA05機の無事は確認されている。これ以上の捜索は今は不可能だ』
通信越のその声が、酷く他人事のように聞こえて仕方が無い。
不可能だと言われて、はいそうですか、などと頷けはしないのだ。
「不可能って、まだ何もしてないじゃないですか!」
怒鳴るようにそう言えば、オズマの声が届く。
「あれだけ飛び回られたら、近づきようが無い!連中がどかない限りはな!」
「そんな!何か、何か方法は…!」
縋るようなルカの声に、だがオズマも叩きつけるように怒鳴り返した。
「もう俺たちは、ヴァジュラを攻撃できないだろうが!」
「…っ!」
この星で生きる為に、それは人類が定めたルールだ。
オズマとて、威嚇射撃でも何でも、それでヴァジュラを一掃できるものなら、そうしている。
ヴァジュラかアルトか。
選んで良いならば、迷わずアルトを選ぶ。
だが、そうは出来ないのだ。アルトが仲間であるように、ヴァジュラもまた仲間なのだ。
「一時帰還するぞ」
「…了解」
苦渋に満ちた声でのルカの応答を得ると、オズマは機首を回した。
躊躇うように、ヴァジュラが飛び交う森の上を数度旋回すると、VFは一斉に帰路を辿った。