素敵な本能

健全男子の健全なる欲望と言うのは、相思相愛の条件下では制御不可能な代物である。
それは、アルトにも分かっている。
充分、分かっているが、それでも本能だから、などと言う素敵な言葉で、妥協できぬ時と場合は存在するのだ。
それが今だ。間違いなく今だ。
その確信は充分にある。
「いいかミハエル」
「つれないな姫。ミシェルで良いって言ってんのに」
「お前がつけあがるだけだから、断る。じゃなくて、今はそんな話をしてるんじゃない」
ベッドに押し倒され、のっしと肩に右手を置かれて、今にも服の下に手を突っ込んで来そうなミハエルを前に、アルトは噛んで含めるように言って聞かせる。
「明日は、プールだ。水着になるんだ。見える箇所に、痕なんかつけたら、二度と、お前とは寝ないからな」
「ちっ」
小さくだが聞こえた舌打ちに、アルトはこめかみをひくりと震わせる。
何だその舌打ちは、と突っ込むと薮蛇になるのは目に見えているので、一先ず堪えて、視線を逸らしているミハエルを睨むように見据える。
「分かった」
やがて、顔を上げたミハエルの口から零れたその一言にほっと、安堵の息をついたアルトの耳に、空恐ろしい言葉が続けられた。
「見えない所なら良いわけだよな」
「は?」
上体を支えていた腕を前に引かれて、背中がベッドに打ちつけられるように沈む。
そのままミハエルは、ぐい、とアルトの腰を押さえつけて、ルームウェアを下着ごと一気に引きずり下ろした。
膝の辺りに中途半端に下げられたままのそれに、アルトの足の動きがもたつく。
あまりの事態に、アルトが声も出せないうちに、露になった腰骨を辿るようにミハエルの指が動く。
「…っ!?人の話を聞いてな…!」
「キスマークつけるな、とは言ったけど、抱くな、とは姫、言わなかったじゃないか」
「…!」
にやりと笑うミハエルに、アルトは己の失言を呪う。
「それに、ここなら見えないだろ?それとも姫は、裸で泳ぐ気なのか?」
ここ、と指が辿る部分は、膝上あたりまである水着が、きっちりと隠してくれる範囲だ。
その意味を悟ったアルトが、ミハエルの頭を押しやるも先に、ミハエルがへその下、丹田の辺りに吸い付いた。
濡れた感触に、ざわと肌が震える。
「は、なせっ!」
「やっぱこう言う柔らかい場所の方が、痕が残しやすいよな」
「んな事をしみじみと…っ!」
ミハエルの前髪を掴んだ所で、移動したざらりと舌が陰茎を戯れのように、舐めた。
「ひぅ…っ」
「ココに痕、残せたら良いんだけどな…出来るのか?」
まだ立ち上がっても居ない陰茎に、顔を寄せて恐ろしい事を真剣に呟くミハエルに、アルトが顔を真っ赤にして喚いた。
「あほ!ばか!やめろっ!変態!」
この手の事の知識が疎い自覚はあるが、それでも、ミハエルが口にした事が一般的には稀な事であることくらいはアルトにも分かる。
そして厄介なことに、ミハエルが口に出したことを実践する性質である事を、熟知しても居た。
だからこそ、必死の制止の言葉であったのだが、それこそが今日一番の失言であったとアルトが気づくのがその一瞬後である。
「…なるほど」
上体を起こし、それは壮絶な笑みを浮かべて、唇を舐め上げたミハエルに、アルトは不覚にも絶句してしまう。
「キスマークだけにしといてやろうと思ったんだけどな…変態らしく、頑張るとするよ」
「ま、待て!ミハエル、落ち着け!」
伸ばされた手が、アルトの頬を撫で、唇を親指が形を辿るように滑った。
「落ち着いてる。あぁそうだ、明日はシャワーん時、俺とルカの間を使えよ。見られたくないだろ?」
「!」
死刑宣告とはこのことを言うのだ。
アルトが、神を呪うのと同時に、ミハエルがアルトの唇に深く噛み付いた。


「………ある意味、裸見せられるより、セクハラなんでやめて下さい」
翌日のプールの授業の後で、たはーっと肩を落としながら、ルカがミハエルにそれはもう、切実な表情で訴えている姿が見受けられた。
その横には、がっくりとうなだれているアルトの姿があり、一人さわやかな笑顔を浮かべてるミハエルに対して興味をそそられる状況ではあったのだが、訝しげな視線を向けるだけでクラスメートの誰一人真相を尋ねようとしなかったのは、一種の自己防衛本能だったのだろう。