名は体をあらわす

美星学園は基本的に、乗りの良い学生で構成されている、と言って差し支えない。
己が専門にしたい分野を学べると言う校風故か、生徒達にはただ勉強をしろと言われている学生達よりも、学校そのものを楽しむ気風が強いのだろう。
そして生徒同士の結束も、妙に強いと言えるだろう。
先日、学園に転がり込んできたばかりの銀河の歌姫の存在も、当初の混乱っぷりは形をひそめ、今ではそれなりに溶け込んでいる。
皆、シェリル=ノームだけに掛かりっきりで居られないからこそ、猶の事かも知れない。
「姫。次の授業、教員変更だとよ」
「宿題やって来たか姫」
すれ違う学生、主に男の方に定着しているのか、姫、姫と連呼されているアルトに、シェリルは窓際に頬杖をついた体勢のまま、面白そうに目を瞬かせた。
「あら驚いた。本当に姫なのね」
「……」
「確かに男にしては綺麗な顔だけど。肌のきめ細かいし…髪の毛もさっらさらだし…下手なアイドルよりも、よっぽど美人よね」
アルトを間近で見る機会が多かったのか、そんな感想をシェリルが呟き、くるりとミハエルを振り返った。
そんな些細な所作一つとっても、何とも芝居がかっていると言うか、華があると言うか、これで自分がシェリルの純然たるファンであれば、一発で落ちるのだろうが、生憎とミハエルはそこまでシェリルに惚れ込んでも居ない。
「でも、どうして姫なの?…ははーん、分かった。文化祭でお姫様役でもしたとか?」
シェリルの自問自答のような問いかけに、ミハエルは軽く肩を竦める。
「あいつが、姫だったからだよ」
不可思議そうな表情を浮かべるシェリルを、ミハエルは百聞は一見に如かず、と判断するとAVルームへと、銀河の歌姫を案内した。
「ま、適当にどっか座って座って」
言われてシェリルが腰掛ければ、端末が自動的に立ち上がる。
ミハエルは横から手を伸ばして、なれた仕草で端末を操作すると、目的の映像を呼び出した。
「何?文化祭か何かの映像?」
「違うよ。まぁ見てなって」
適当な位置まで早送りをして、唐突に始まった演目に、シェリルがこれが何とでも言いたそうな、訝しげな表情を浮かべている。
ミハエルは笑って、シェリルの頭にヘッドフォンを押し付け、画面の下のクレジットを指で指し示した。
小さく表示されたクレジットを辿り、シェリルが軽く息を呑む。
がばりと立ち上がって、ミハエルの胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった。
「うっそ!コレ、アルト!?うそー!?」
「そうそう。その反応。」
立ち上がった拍子に落下したヘッドフォンを拾いながら、ミハエルが笑う。
未だ続く映像の中心に居るのは、どこからどう見ても、美女。ただの美女じゃない。色気だだ漏れの美女だ。
演目が演目なだけに、余計にそう言った点が目立ちはするのだが、これがまだ十代も前半の同姓の男が演じていたなどとは、俄かには信じがたい現実でもある。
白粉でうなじまで真っ白なその姿に、切れ長の目。
元の造作が整っているだけに、魅力は倍増と言った所か。
「なるほどね。お姫様じゃなくて、姫か。これじゃあ、私の美貌に動じない筈だわ」
ストンと元の席に腰を下ろしたシェリルは、画面を暫し見つめ、深いため息を零しながら、そんな言葉を呟く。
何気に自分を褒めている女王様だ。
確かにシェリルは、美人である。貫禄ある美貌、と言うべきか。
ミハエルとて、間違いなくシェリルを美人だと思うが、コレを見た後では、ダメだ。
「嫌味なくらい綺麗ねー。この着物で演じるのって、確か地球の旧文化の伝統芸能の一つでしょ?男が演じてるんだから…女形だったかしら?」
「さすがよくご存知で」
「お仕事でお付き合いはあるからね。基礎知識よ」
己の名に必要な、努力は惜しまない。
それがこの女王様を、銀河一の歌姫の座に君臨させ続けている要因でもあるのだろう。
「でも姫は、そっちの自分が嫌で、演劇科から航宙科に転科したんだよ」
「へぇ。でも私、アルトは空の方が似合ってると思うわ」
「そりゃまた斬新な意見だ」
アルトの芸を惜しむ意見は多々あれど、アルトに最初から空が似合うと言ってのける人は少ない。
少なからず賞賛の意味を込めてミシェルを見やれば、にやりと、まるで好敵手でも見つけたような、勝気な笑みが返される。
「あなたもそう思ってるでしょ?だって、あなた、アルトが飛ぶのを見てる時、凄く楽しそうだもの。ちょっと露骨すぎ」
どう?あたってるでしょ?
そんな問いかけをたっぷりと含んだ笑みと視線に、ミハエルは降参と両手を掲げて見せた。
「ご慧眼、恐れ入ります女王様」
「うむ、苦しゅう無い」
芝居がかった台詞を返し、シェリルは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「でも、私、アルトは諦めないわよ」
「何の事か、俺には分からないな」
「ふーん?ま、いいわ。見てなさい、この私に不可能なんて無いんだから」
「俺も、狙った獲物は百発百中って言われてるんだ」
「「………」」
「ふっふっふ」
「あっはっは」
双方から笑い声が上がりはしているが、全く別物に聞こえるのは、気のせいでは無いのだろう。
その証拠にAVルームに居た他学生たちは、憧れのシェリルを前にしながらも、避難よろしく撤退してしまっている。
先日の騒動を覚えているだけに、巻き込まれてはならぬと、皆、学習したのだ。
「あの殺伐とした空気、何でしょう」
「雰囲気が怖すぎますよ…」
「ねぇ何してるの?」
「「ランカさん!」」
ルカとナナセが、思わぬ問いかけにがばりと揃って顔を上げれば、そのランカの背後に今一人の人物の姿を見止めて、しまったと表情を一変させる。
「何コソコソしてんだお前ら…って…あぁぁぁ!?それっ…!」
アルトが大声を上げて、指を突きつけているのは勿論、アルト演じる桜姫東文章の桜谷草庵の場が流れている端末だ。
音声こそヘッドフォンに集約されているものの、自分の姿を見間違う筈も無く、アルトがわなわなと声も無く、指を突きつけた体勢のまま、ミハエルとシェリルを呆然と見ている。
勿論、そんなアルトの声が聞こえぬ筈も無い。
「アルト。ごめんね、見ちゃった」
えへっとでも効果音の着きそうな抜群の笑みではあるが、生憎とアルトにはそんな技は通用しない。
「消せ!今すぐ記憶から消せっ!忘れ去れっ!」
「さーくーらひーめ」
シェリルがにたりと小悪魔のように笑む。
アルトは不穏な目線をシェリルの隣のミハエルと移動させた。
「…ミハエル」
「いや。ほらな、口でどうこう説明するよりも分かりやすいだろうと思ってだな。お前がいかに姫だったかがよく分かるだろ?」
「そうか。他に言い残す事はあるか」
「落ち着け姫」
「そうだ。そもそもお前が姫だなんて言い出したからおかしな話になったんだ……後悔はあの世でしろ」
その一言を契機に自分へと飛び掛るアルトを、ミハエルが何とか交わして、慌ててAVルームを飛び出す。
「後はよろしく!」
「待ちやがれっ!」
律儀にルカたちにそう言い置いて全力で逃亡していくミハエルを、アルトがこれまた全力で追いかけて行く。
それなりに目立つ二人の全力疾走に、応援する声だの、歓声だのが、校舎の方々から聞こえてくる。
置いて行かれた四人は暫し呆然とするが、立ち直ったランカが、申し訳無さそうな口調でルカ達に言葉を向けた。
「私ね、最初に見たときアルト君、女の子だって思ったし、アルト君にもそれ言っちゃったんだけど…気にしてたなら、悪いことしちゃったな」
「……意外に勇気ありますねランカさん」
「だって、すっごい美人だったんだもん!」
拳を固めて力説するランカに、ナナセもまぁ確かにそうですね、と同意する。
どこをどう切り取っても、アルトは美人だ。いっそ感心するくらいには美人だ。
それは間違いない。
「姫って言われて、納得できる顔なんだから良いと思わない?似合ってないなら大問題だけど」
「…悪いと言うわけじゃ無いんですけど、まぁ先輩は、男ですからね」
シェリルの台詞に、ルカが曖昧に笑う。
女性であればいざ知らず、多感な年頃の男のあだ名が『姫』と言うのは、さすがにかわいそうな気がする。
似合っているのが、また何とも哀れと言うか。
ルカ自身、小さいだの、かわいらしいだの、子供みたいだの、そんな言葉を使われれば、言われ慣れていても男としてのささやかなプライドは、傷つきもするのだ。
おそらく同じ憤りを知るからか、アルトはルカに対してそんな風な扱いをしない。
後輩扱いはするが、それとて押し付けがましいものでも無い辺り、ルカにとってアルトは実に好ましい先輩でもあるのだ。
「姫ー!がんばれよー!」
「ミハエル何かぶっ潰せー!」
「ちくしょー!俺の彼女返せー!眼鏡ー!」
「アルト姫ー!」
開け放たれた窓の向こうから聞こえる、野次馬の歓声に、ルカ達は顔を見合わせる。
結局、当人の抵抗むなしく、姫と言うあだ名で落ち着いてしまうアルトに、ルカは内心のみで密かに同情した。