男三人寄れば

放課後と言う何ともまったりした時間を、アルバイトなどと言う予定が端から存在しない男三人は、学園の石段にぼんやりと腰掛けて、何をするでも無く適当に時間を潰していた。
「演劇科。ですよねー普通」
何の脈絡も無しにルカが口にした台詞ではあるが、今ここに居る人間には充分意味が通じる。
「まぁ普通って言うか、常識って言うか、何事にも己に見合った分と言うものがあるしな」
「それは俺への当てこすりか」
頬杖をつきながら、どこかむっつりとした表情で、アルトが呟く。
その言葉に、ルカがぽんと手を打ち合わせた。
「あぁそう言えばアルト先輩も、コペルニクス的転回で、演劇科から航宙科に転科でしたね」
伝統芸能の道筋から、いきなり最先端の航宙科への転科である。
実家だけでは無く学校側とも散々揉めはしたようだが、基本的には生徒の自主性を重んじる校風が仇になった、と言うべきか、アルトの転科はきっちりと受理されたのである。
それでもアルトの場合は、同じ学内での転科申請でもあり、僅かなりとも航宙科目を選択していた事もあって、幾分かは納得も出来る要素は残っていた。
だが、つい先日、学生でも無ければ、航宙科とは何たるかもおそらくは理解してい無い人物が一人、転がり込んできたのだ。
シェリル=ノーム。
銀河のトップアイドル、などと言うかわいらしい形容など、どこ吹く風。
その威力たるや凄まじく、たった半日足らずで、校内を引っ掻き回し、破壊し尽したのである。
おまけにその翌日、けろりとした顔で、航宙科へとの編入を宣言してくれた。
「航宙科で何を学ぶ気なんだか…」
げんなりとした様相で口に乗せるアルトに、ルカがうーんと空を見上げながら、先日の悲劇を思い起こす。
「EX-ギアに不適応なのは、僕のサムソンを全壊させた時点ではっきりしてますし…」
「EX-ギアに乗りたいなら、姫を使えば済む話だしな」
そんな事を口にしながら、ミハエルがサムソン墜落現場跡地と、屋上からの距離を辿るように見た。
アルトが間に合ったから良かったものの、万が一、あれでシェリルが怪我の一つでもしていたら、EX-ギアを貸与した自分達は全銀河から、批難と罵詈雑言を一身に浴びる羽目になっただろう。
考えるだけで恐ろしい話である。
自分の立場と言うものを考慮してくれない女王様には困り者だ。
そんな事をつらつらと考えているミハエルの横で、やおらルカが大声を上げた。
「あぁー!それ!それですよ!」
「「ん?」」
同時に自分を見やる、アルトとミハエルに向かって、ルカがにこにこと笑みを浮かべてずいとアルトを指差した。
「シェリルさんの編入理由!アルト先輩を乗りこなす為ですって!」
「上手いこと言うなルカ!」
きらりと目を輝かせて、ミハエルがルカを褒める。
「えへへ、そうですか?」
「おい…」
えへへ、じゃない。
上手いこと、でもない。
「うんうん、そうだよな。何のかんの言って、アルトは女王様を乗せて飛んでるしな。よ!にくいね!色男!」
「お前にだけは、その台詞は言われたくない。と言うか、勘弁してくれ…」
シェリルには、散々振り回されたのだ。
おまけに下僕などと言う有難くも無い台詞を、ほぼ全校生徒の前で宣言されたのである。
これ以上、自分に対する不名誉な称号を増やされてはたまったものでは無い。
あの歌姫には、出来るだけ早急に、本業に専念してもらおう。
「さっさと、あいつ一人でEX-ギアに乗れるようにさせたら良いんだよ。気が済んだら、学校なんて出て行くだろ」
「あーそれは、無理じゃないか?」
「無理そうですよね」
ミハエルとルカがほぼ同時に、そんな言葉を口にする。
共に過ごした時間は短いが、たぶん、と言うか。ほぼ確実と言うか。
あの歌姫は、アルトに並々ならぬ興味を持っている。
恋愛感情にほとんど近いもの、と結論づけても間違っていないはずだ。
そんな状況で、あの女王様が、アルトの傍を簡単に離れるとは思えない。
だが言われたアルトは、全く分かっていない表情で、二人を不思議そうに見やった。
「何でだ?訓練次第で卵だって掴めるようになるだろ?」
「あー、そっち、ですね。そっちはですね、何と言うか、シェリルさんって、向いて無いと思うんですよ」
言葉の途中からふと、生真面目な表情を浮かべて口にするルカに、アルトもまた真面目な顔で言葉を返した。
「そんなものは、やって見なければ分からないだろう?才能なんて、誰にも…」
「女王様は、根本的に無理だと思うぞ。機械と対等に接すると言うよりも、機械をアタシが使ってやっている、って言う高姿勢だからな。あれは、壊れた機械は叩けば直ると思ってるタイプだ」
妙に具体的な表現に、アルトも思わず沈黙する。
確かにシェリルなら、やりそうだ。
「俺達はEX−ギアもVFも、機械だ乗り物だ、って言うよりかは自分の手足と同じように考えてる。命を賭けてるわけだしな」
「シェリルさんみたいなタイプは、お掃除ロボとかと相性は良いんでしょうけど、戦闘機とかになると無理だと思いますよ。こう言うのは数値から導き出される結論じゃなくて、感覚みたいなものですけど」
電子工学に関して天才的な才能を持つルカの言葉だけに、妙に重みがある。
アルトが黙り込む横で、ミハエルがどこか笑いの滲んだ声を放った。
「でもあの女王様はEX−ギアを使いこなすのは早かったしな。あの調子だと、何しでかすかは予測つかないぞ」
「最終的に自分でVFにでも乗り込んで、ギャラクシー探したりしそうですよねー。」
ルカがどこか遠い目をして、空恐ろしい台詞を口にする。
「…あいつに、VFの操縦方法なんて教えたら…」
「ぶんどられたりしたら、懲罰ものですよアルト先輩」
「待て。何で俺限定なんだ」
「だって一番押しに弱そうじゃないですか」
「ルカ。弱そう、じゃなくて実際に弱いんだ」
にやりと笑って訂正するミハエルに、ルカがあぁそうですよね、などと言って同意している。
「おい」
「さ、アルト先輩。今日も楽しい訓練に行きましょう!」
「こら話を逸らすな!」
「さぁ姫。参りましょう。お手をどうぞ」
「ミハエル!」
ぐいぐいと腕を引っ張って行く二人に引きずられるようにして、アルトは連日の理不尽さに、がっくりとため息を零した。