真実はそんな簡単に言葉にはできない

初出動。
初命令違反。
初…。
その他、諸々の初を揃えてルカを連れて帰還したアルトは、説教よりも何よりも真っ先に、病院へと放り込まれた。
その際の移送状況は、相当に物々しかった。
ハッチに納まったアルトの大破したスカル4と、ルカのスカル3へと駆け寄る仲間を押し退け、防護服を着た救急医療専門のスタッフに取り囲まれて移送される二人は、まるで新種の病原菌のような扱いだったが、実質敵艦の内部にまで潜り込んだ二人には、それくらいの緊急体勢でもって対処すべき状況でもあったのだ。
敵の明確なる情報を得る為にも、何一つをも取りこぼせない。
そんな緊張感が、あの瞬間には確かにあった。
気を失いかけてまともにやり取りも出来なかったルカが、少しばかりの入院を要しはするようだが、すぐに退院できると聞いた時には、S.M.S一同で、胸をなでおろしたものだ。
対するアルトは、移送の段階からいたって健康そうであり、多少の無茶から来る筋肉疲労などは見られたが、それだけだ。
二人とも、細菌感染などの危険性も無く、アルトの面会の許可は一日後には、ちゃんと下りた。
下りたのだが、その段階で真っ先に、新統合政府による事情聴取が行われた。
その後にはS.M.Sからの事情聴取。
ルカが目覚めるまでは、貴重な情報源はピンピンしているアルト一人と言う事で、相当時間を拘束されたようであり、面会は結局、許可が下りてから丸一日以上経過してからとなったのだ。
簡素な病室とは言え、一応は個室を宛がわれていたアルトは、実に暇そうにベッドの上に座っていた。
「元気そうだな」
「そう見えるなら、お前の目は節穴だ」
命令違反だの、指示規定違反だの、よく分からない事で、文句を言われ説教をされ、その後で延々と事情聴取。
そちらの方面で酷く疲れた顔をしているアルトに、ミハエルは喉を鳴らして笑う。
「医者が面会時間終了を告げるまで、隊長から延々説教だって?」
「知ってるなら聞くなよ」
「生還してからの方が、大変だったみたいだな」
「全くだ」
げんなりと肩を落として、アルトが呟く。
「まぁ、隊長が説教したくなるのも分かるけどな。全く、無茶しやがる。見てるこっちがヒヤヒヤした」
アルトのこめかみを軽く拳で小突いてから、ミハエルはベッド脇の簡素なパイプ椅子に腰を下ろした。
あの戦闘の後から、ようやくまともに言葉を交わせているのかと思えば、奇妙な気分にさせられる。
「だけど、あのまま見捨てられるかよ」
散々説教されはしたのだろうが、そこは譲れないと半ば意固地になっているのか、アルトはどこか不機嫌そうな面持ちでそう語る。
そんな様相を眺め、ミハエルは軽く苦笑いを浮かべた。
「分かっちゃ居たけどな。だから反対だったんだよ」
アルトがS.M.Sに入る事に、反対理由は多々あれど、根本的な部分で、自分はアルトのこう言う性格を一番懸念していたのだ。
腕は良い。反射も反応も申し分ない。後は実戦慣れさえすれば、アルトは良いパイロットになる。
それは確実だ。
けれど。
「ミハエル?」
「姫は、見捨てないから、面倒なんだ。」
アルトの性格からして、あれが誰であろうとも同じ事をしただろう。
出来る事ならするのが当たり前だと。
そんな風に、アルトは答えるだろう。
最初にVF-25に乗り込み、ヴァジュラを撃破した時もそうだ。
あの状況では、航宙科に属しているとは言え、所詮は一学生でしか無いアルトが逃げた所で誰も何も言わなかった筈だ。
そも、文句など言えた義理でも無い。
民間人と、私設とは言え軍隊に属する者の、それが差異だ。
だが、アルトは逃げもせずに、戦った。
勝算など無かったはずだ。
情報など皆無の敵を前に、アルトの知ってる知識など、戦闘には程遠いものばかりでしか無い。
それは同じ航宙科の学生である己が、一番よく分かっても居る。
だが、無謀であろうと、無茶であろうとも、アルトは戦いを選んだ。
そうする必要があったから、アルトは迷わず操縦桿を握ったのだ。
己とは、多分、何もかもが根本的に違いすぎる。
そんなこちらの考えを読んだのか、沈黙を破るようにアルトが口を開く。
「お前だって、同じだろ?」
「俺は…どうなんだろうな。自分でもどうするかは、良く分からない。衝動的に飛び出すかも知れないし、迷うかも知れない。いや、踏み止まる気がするよ。お前達を犠牲にして、皆が生き延びるなら、そっちを選びそうな気もする」
戦闘民族の血は、妙に冷え切った理性を表出させる瞬間がある。
一を倒す事よりも十を倒せる方を優先させるように。
一を犠牲にし十が生き延びる方を選択するかも知れない。
僅かに引き継いだだけのその血でありながら、己は恐ろしくその習性を色濃く受け継いでいるような気がするのだ。
だから、アルトが、敵に撃墜されたら。
ルカのように敵に捕えられたら。
自分はどうするのだろう。
どうなるのだろう。
分からないようでいて、答えは既に自分の中にあるのだ。
そして、これから先、同じような思いを、アルトがアルトである限りは、幾度も味わうのだろう。
全てを振り切って、迷わず躊躇わず飛び出して行く機影を、見送るしか出来ない瞬間を、自分はどうやり過ごすのだろうか。
「別にお前がそこで待機してんなら、それはそれで良いんじゃないか?」
「はい?」
突拍子も無い台詞を聞いたような気がするのは、何も聞き間違いではなかったようだ。
アルトは、さらりとそのまま言葉を続けてくれる。
「全員が突っ込んでも、無謀なだけだろうし。俺は勝手に飛び出して行くけど、後方援護にお前が居れば、それはそれで便利だ」
「…姫は、俺を援護射撃に使う気か?」
「そう言うのは、お前の方が得意だろう?」
「まぁ確かに、照準ガタガタのどこかのお姫様とは、比べるべくも無いけどな」
「お前と比べたら、誰だってガタガタだ。」
不満そうに、アルトが視線を逸らす。
その横顔を見つめながら、ミハエルは内心、しまったなと零した。
自分の腕を認め、賞賛され、そしてだからこそ背中を委ねられると聞かされて、どこの誰がその言葉に何一つ、心動かされないと言うのだろうか。
このお姫様は口下手で不器用なくせに、時折、こうして不意打ちのような台詞を用意してくれるから、困るのだ。
思わず、お前は好きに飛んで行け、などと言ってしまいそうになる。
「あのなぁ、そんなほいほい飛び出されたら、俺も隊長も気が気じゃないぞ。今回みたいなのは、本っ当に特例も特例なんだからな!」
それでも、内心の動揺を飲み込み、いつもの口調で言えば、散々説教されて懲りたのか、アルトは反論はせずに、不服そうな顔を浮かべるにとどめている。
そんな全くもっていつものアルトの態度に、ミハエルは肩をすくめた。
「まぁ、とにかく、お前もルカも無事で良かったよ」
「あぁ。…生きてる…生きてた、んだよな俺たち…」
自分の両手を表、裏と返し、ぐっと確かめるように拳を握り締めて、アルトが噛み締めるように呟く。
あの戦闘で命を失った者もいる。
けれど、アルトもルカも、生きていた。
生きて戻って来たのだ。
「…初陣、お疲れさん。それから、おかえり」
ぽんぽん、と宥めるようにアルトの拳を掌で叩き、ミハエルはおそらくは真っ先に言いたかった言葉を、ようやくのように口にする。
ぎこちなく返された、ただいま、と言う呟きに、アルトの頬に手を滑らせると、ミハエルはそのまま静かにキスを送った。