くちづけ

「何してらっしゃるんでしょうかー?」
「ん?」
「あぁ動くなよ姫。ずれるだろ」
「悪い」
ミハエルに窘めれて、アルトが短く謝罪の言葉を返す。
こちらの問いかけはきれいさっぱりとスルーされてしまいそうな展開に、ルカは言葉を連ねる。
「いやいやいや、えーと…だ、だから!何してるんですか?」
「何だルカ。見て分からないのか?」
ミハエルが視線も上げずに問いかける言葉に、ルカは微妙に頬を引き攣らせた。
「いいえ。良く分かるんですが、僕が聞きたいのは、どうしてミハエル先輩がアルト先輩の髪の毛を三つ編なんかにしているのかなーって事でして…」
「訓練中邪魔そうだったしな。引っかかったら傷むだろ?」
だから、編んでる。
とでも言いたげに言葉を切ったミハエルに、ルカは小さくため息を零した。
端から切る、と言う考えの無い二人にそれでも一応、提言してみる。
「切るって言う選択肢…は?」
「勿体無い」
一言で切って捨てられたルカはそうですね、と呟いて肩を落とした。
ルカ自身、男の長髪は基本的にあまり似合うものでは無い、と言う意見の持ち主だが、アルトに関していえば似合っていると即答できる。
逆に短髪のアルトが全く想像できないと言うのが本音の所だ。
何せアルトの顔の造作は、好みの差はあれど間違いなく『美人』と分類されるものだからである。
真っ直ぐな髪質も少し珍しい亜麻色も、切るのは勿体無いと言うミハエルの意見も分かるのだが、どうしてミハエルがアルトの髪を編んでいるかが、問題なのだ。
そう根本的な問題はそこにある。
少しも解決していない。
ぐるぐると考えをめぐらせているルカの目の前で、アルトの首がかくんと前に倒れた。
のろのろと元の位置に戻しては居るが、見れば瞼が半分、落ちかかって居る。
「アルト先輩」
「んー?」
「眠いんですか?」
「あーこいつ、髪の毛触られてると、すぐ寝る」
答えないアルトの代わりに、ミハエルがさらりと答えをくれる。
何でそんな事を知って居るんですか、と突っ込むのは止めた。
もうこれ以上は何を聞いた所で、自分が痛手をこうむるだけだ。
そうこうしている間に、アルトの首はがっくりと前に倒れたまま、元に戻る気配が無い。完璧に寝てしまったようだ。
「先輩、寝ちゃいましたよ。」
「よしよし。記念撮影しといてやろう。お前にも後で送ってやるよ」
ようやく結い終えたのか、顔を上げたミハエルが浮かべる何とも愉快そうな目つきに、ルカは胡散臭そうな視線を返した。
「たぶんそう言う事するから、アルト先輩怒るんですよ」
「心配しなくても、送る人間は限定だ。他の連中にはやらん」
「…ミハエル先輩って、物凄く心が狭いですよね」
「戦闘民族の血ってのは、己のテリトリーの保全には抜かりないんだよ」
「種族繁栄を願うならアルト先輩は不向きですよ」
戯れ半分、冗談半分、そんな口調で、けれどルカは避けて通れない事を敢えて口にする。
遊び相手、にはアルトは不向きすぎる。
二人ともが大事な先輩であるからこそ、ルカが滲ませた牽制に、ミハエルは少しだけ目を眇めた。
「これは、俺の手の内に入り込んだものだから、俺のもの」
「…お気の毒に」
「そう。お互いに」
にやりと笑ってミハエルは、自分が丁寧に編んだアルトの三つ編を手にとって口付ける。
ミハエルのこんな顔を見れば、アルトも逃げ出すだろうに、残念ながら哀れな獲物は夢の中、だ。
「…写真は結構ですから、責任もって面倒見てあげて下さいね」
「言われずとも」
当然とでも言うように返された言葉に、ルカはお手上げだと肩を竦めて、自分の荷物をさっさと回収してロッカールームを後にした。